工場、学校、病院、ショッピング施設など、いろいろな場面で見られるユニフォーム。
一体いつごろから使われるようになったのでしょうか。
今回はユニフォームの歴史をご紹介したいと思います。
日本で初めにユニフォームを使ったのは「聖徳太子」
実は日本で一番最初にユニフォームの制度を採用したのは、あの聖徳太子だといわれています。
皆さんも昔歴史の授業で習ったと思いますが、603年に聖徳太子が「冠位十二階」という制度を導入しました。
その人の役職に合わせて12の階級に分けてそれぞれ黒・白・黄・赤・青・紫などの色の服を着せていたのです。
一目でその人の役職がわかり、さらに出世したいという意欲も湧いてくる。
これを最初に考えた聖徳太子はやはりすごい人ですよね。
江戸時代には火消しもユニフォームを着用
さらに江戸時代には今の消防隊にあたる「火消し」もユニフォームを着用していました。
火消の着ていたユニフォームは「家事装束」と呼ばれるもので、木綿の頭巾や羽織、股引などを着て、火の中に入るときは頭から水をかぶり全身を濡らしました。
木綿の生地がよく水を吸って消化活動には便利だったそうです。
学校制服が導入されたのは明治時代
明治時代には学習院で初めて制服が導入されるようになりました。
男子学生の詰襟、今でいう学ランのようなものが最初の制服にあたります。
大正時代の終わりごろには、制服は大量につくられるようになり、全国のいろんな学校で採用されました。
今のようにユニフォームが広まったのは戦時中
聖徳太子から始まったユニフォーム制度ですが、広く使われるようになったのは戦時中の軍服からだといわれています。
戦時中は特に団結力や仲間意識が非常に重要視されていたため、同じ服装をしていることが大切だったのかもしれませんね。
戦争が終わった後も、ユニフォームの文化は日本にしっかりと根付くようになりました。
高度経済成長期のユニフォーム
高度経済成長期には、ユニフォームは華やかなものが増えていきます。
その要因に1960年代の「ピーコック革命」があります。
ピーコック革命とは、男性でも華やかな衣装を身にまとうという考え方で、その考えは今までにないものだったために革命と呼ばれています。
さらに、高度経済成長期の制服の代表といえば、大阪万博のコンパニオンのユニフォームがあります。
カラフルなワンピースのユニフォームは、当時とてもセンセーショナルで、あこがれた女性も多かったようですね。
バブル期のユニフォーム
バブルに入るとユニフォームは企業などでもたくさん使用されるようになります。
この時のユニフォームの特徴は、華やかでデザイン性の高いものが多いことです。
バブル期は日本の経済が右肩上がりに成長していく時代で、それに伴って制服にもシャネルやグッチ、ルイヴィトンなどハイブランドのものが多くみられるようになりました。
また、企業の制服を作るときにも一流のデザイナーが参加するようになったため、制服のスカートの長さから、ボタンの数まで、いろんなデザインが見られる華やかなユニフォームがたくさん作られるようになりました。
最近のユニフォーム事情
近年では高級ブランドのユニフォームはあまり見られなくなてきました。
デザイン性もシンプルなものが増え、その分それぞれの職業にあった動きやすさ、快適さが求められるようにもなりましたね。
今回は日本のユニフォームの歴史をご紹介しました!
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